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湯浅誠講演会&相談会・ユニオン忘年会、成功する

 昨日(17日)、豊川市勤労福祉会館にて、「がんばろう東日本 東三河委員会」主催で、湯浅誠講演会&相談会が開催され、約130名が参加しました。当事者・相談員ボランティア・一般および学生ボランティア・通訳ボランティア・医療ボランティア・手話や要約筆記のできる方・行政関係者・調理・裏方ボタンティアをお願いした方・寄付して下さった方など、さまざまな立場の方の参加・協力、また、今回の企画は反貧困ネットワークあいち・愛知県被災者支援センターが共催、豊川市・豊川市教育委員会・豊川市社会福祉協議会の協力、8団体・法人、6名の個人の方々の賛同がありました。当ユニオンも賛同団体として、またユニオン員がボランティアとして、協力させていただきました。また、18日の地元紙『東愛知新聞』で、詳しく報道されました。

 午前9時、集合した多くのボランティアの方により会場での準備作業が始まり、午前10時、予定通り開場となりました。原発集会などでも唄っておられた板屋信彦さんのライブ演奏がされる中、徐々に参加者が増えてきました。そして10時半、開会となりました。主催者代表の小島鐵也さんがまずあいさつし、反貧困ネットワークの宇都宮健児代表・山脇実豊川市長のメッセージも紹介されました。そして、反貧困ネットワークあいちの内河惠一(よしかず)共同代表・愛知県被災者支援センターの栗田暢之共同センター長が共催団体としてあいさつされ、浜松市パーソナルサポートセンターの実質的責任者をされているNPO法人青少年就労支援センター静岡の伊藤正秀さんが来賓あいさつをされました。皆さんはそれぞれに、震災の被害を受けたりして困っている人たちがたくさんいる中、継続的な支援が必要になってきていると訴えていました。

 そして11時、湯浅誠さんが登壇し、「震災ボランティアとパーソナルサポート」と題した講演を始めました(私なりにまとめてみます)。湯浅さんは震災で見えてきた課題は何かについてまず話しました。それは社会的包摂の必要性だ、とのことでした。そして、震災での具体例として、自治体職員がただでさえ人員不足気味だったのに通常業務の3~4倍の業務をせざるを得なくなり、避難者のニーズに応えられなくなった。特に、避難者の中の障がい者や高齢者や外国人に対応できないとかがあったが、それは地域の人の対応力の不足も関係していた。つまり、公的・私的対応力が課題となる。これは今回の東北の被災者に限定される話ではなく、どこでも起こりうる課題だ、とのことでした。

 そして、自治体職員は少なく、民間も個人情報保護の制約があって対応できないなどの問題があって、自宅避難者などがなかなか状況がわからないとかの問題があった。また、仮設住宅に移ろうにも困難で、避難所に最後まで残った人は、最も大変な生活を強いられている人であり、それは震災がなくても、震災前からもともと大変な人、つまり、お金も人間関係もない人だった。特に単身高齢者、社縁から切り離され居場所がなくなった中高年男性などが、金銭面・人間関係面で大変になるというのは、阪神大震災の時もそうであり、繰り返しになるが、どこでも起こることである。時間的にも、空間的にも、今回の東北に限定されない問題がある、とのことでした。

 そして、この課題は、社会的に排除されている人を抱える日本社会の問題のあらわれでもある、との話になりました。たとえば90年代以降焦点になってきた非正規雇用の無権利状態は、もともと高度成長期からあったのだが、それが社会問題化しなかったのは家族の傘の下にあったからだが、現在は自活型の非正規雇用、特に男性のそれが増えてきている。そして、自分が生活相談を受ける相手も、最初は中高年の単身の男性ホームレスだったが、若者・女性・高齢者・家族持ち、などと、どんどん多様化してきている。つまり、日本型福祉社会が、2000年代後半から制度疲労を起こし、家族と企業の傘の下にいる現役世代が高齢者や障がい者を社会保障で支えていく、という制度から漏れる人、すなわち、ホームレス、DV被害者、フリーター・ひきこもり、障がい者手帳なき障がい者、多重債務者、などの、多様で、しかもホームレスでもありDV被害者でもあるというような、重なってもいる人が増えてきている、とのことでした。

 そして最後に、公的支援の重要性と共に、私的にも、困難に陥っている人たちが集まる場をつくり、その人たちが伸びる力を発揮する場をつくっていくことが重要であり、それはすでに当事者がやってきていることでもある(たとえば障がい者の作業所、とか)。そういう、できることを、お金を出して支える仕組みをつくっていく、傘の外に傘をつくっていくものとして、パーソナル・サポートが考えられる。その仕組みをつくり実現するプロセスは長くかかるが、積み重ねが必要だ、と話され、1時間半近くの講演を終えられました。

 その後質疑応答となりました。時間の関係で二名の方に限定しましたが、まず商店街で働いている方が、住民と行政の関係について質問しました。湯浅さんは、行政と住民と、どちらも悪気はないのだけれど、言葉が通じない・互いに慣れていない、という印象がある。その言葉を通訳し、連携をつくる役目を果たす人が必要と思う、と答え、労働組合もその役割を果たせないか、とも話されました。そして次に、福島に野菜を届ける活動をしている方が、西日本の農業者の動きや、外部からのでない、被災者自身のネットワークづくりの動きについて質問しました。湯浅さんは、前者についてはよくわからないが、後者については、地域でのネットワークづくりに、外部なり行政なりの支援を受けるかどうかは、各地域の現状に合わせて選択していけばいいのではないか、と答えました。湯浅さんはこれで時間切れとなり、12時半すぎ、充実した講演会は終了しました。

 次にあしなが学生募金事務局の加藤正志さんが、震災で親を亡くした子供と同じ立場の自分たちとして、全国での募金活動を進めている、とアピールし、主催者からも、このチャリティーイベントでの収益から寄付する、との紹介がありました。

 そして休憩後、交流会・個別相談会に移りました。参加者は10のグループに分かれ、ペルー人グループの演奏や、板谷さんの唄を聴きながら、交流会を始めました。それぞれ自己紹介など交流をしながら、困っている方で個別に相談を希望する人が、場所を変えて別室の相談会会場でボランティア相談員に相談する、という形となりました。私の参加したグループでは、ボランティアとして参加した他の三河支部の組合員も含め、ボランティアだけだったのですが、チラシの宣伝でこの企画を知って参加したとか、同じ問題を抱えているボランティア同士が初対面で知り合いになったりとかがあり、ボランティア相互の交流の輪もでき、また教員・学生・外国人支援・障がい者支援など、いろいろな方が参加していて多様に問題を考えることができたりして、良かったです。また、他のグループでは、原発事故で避難されてきた方や、外国人の方も参加していたりしていて、個別相談も適宜行っていました。

 私は当初終了予定のメドだった午後4時までいたのですが、交流はまだまだ続いていたので、その後のことはよくわかりませんが、盛況で何よりでした。次のユニオン忘年会へ向かう電車でもボランティアで来られていた方と乗り合わせ、交流もできて、良かったです。 

 事務所に寄ってから、忘年会会場である八熊コミュニティセンターに向かいました。着くと、すでに実行委員会の方々を中心に、飲食物が所狭しと並び、久しぶりの組合員、賛助会員、ユニオン共同行動でご一緒している方、家族、などを含め、40名近くの参加者で賑やかな雰囲気でした。午後6時過ぎ、乾杯で始まり、飲食しながらの交流が、自己紹介、ギター独奏や、ギター伴奏つきの歌の披露、なども挟みながら、午後9時まで続きました。その後の片付けの手際よさも含め、軽妙な司会や、盛りだくさんの料理の準備などなど、とりわけ実行委員の方々の奮闘は光りました。こういう外の会場を、自分たちでセットと片付けをして使う忘年会を、最後まで無事に楽しく、また互いの交流もできて、良かったと思います。

 二つの催しで、湯浅講演会ではユニオンは賛助団体となり、三河支部の組合員も委員会メンバー・ボランティアとして協力しましたし、忘年会はユニオンの自前でがんばりましたが、それぞれ、多くの方々のご協力で成功させることができました。皆さん、ありがとうございました。お疲れ様でした。


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コメント 2

西尾市在住のパート

私も参加させていただきました。豊川に行くのは実に約5年ぶりです。足
腰を痛めてからは行動範囲が極端に狭くなり、ここ数年安城から外に出た
ことないひきこもり状態です。ですから、ここ数年名古屋とか豊橋にも行っ
たことないです。

湯浅さんの講演の感想。社会的強者といわれる中高年男性は意外と人間関
係のタメが少ない。そのことに本人が気づかされるのは退職後である。現
役時は毎日せっせと会社に通っていたが、退職するととたんに行くところ
というか居場所がないことにはたと気がつく。パチンコ通いかはたまたス
ポーツクラブの会員でもなってクラブ通いをするしかないのが現実である。
あー、これは私が体験したことだと思いました。もちろん私はパチンコや
りませんし、スポーツクラブ昔行ってましたが今はやめました。人間関係
のタメのなさとか居場所の不在とかは、強く実感します。

もう一つ。これからはコミュニティーを作っていく地道な活動が求められ
るという論点。これってずばり管理人さんたちがやっていることではない
でしょうか。ユニオンさんの成長が望まれる所以です。

交流会も参加させていただきました。ペルー人の人達の歌と演奏と語りは
素晴らしく久々に心洗われる思いがしました。気がついたことは、弁護士
さんや税理士さんがこの日のために準備してきたのに相談者があらわれず
空振りだったことです。気の毒です。後のフォローの必要を感じました。

by 西尾市在住のパート (2011-12-19 23:30) 

醤

 大変なお体にもかかわらず参加していただきありがとうございました。中高年の話は当方も身につまされるところでした。
 ユニオンは労働問題で会社側と交渉していくのが主ですが、それとともに、コミュニティー的な機能も果たせられたらいいと思うのですが、後者までなかなか手が回りません。当方も若干の寄与をし、それで精神的にも助かっている面があるとはいえ、まだまだという難しさも感じます。ユニオンがもっと力をつけられると良いのですが。
 弁護士さんらのボランティアについてですが、相談者がそれほど多くないのはなぜかと思うところはあります。日常生活があって、情報もあふれる中で、相談しようとあえて足を運ぼうという魅力なり、縁なりが、なかなかつくれず、他方で、「ボランティアというのは何かうさんくさい・自己満足」とか「結局商売で来ているんじゃないか、片手間でやってるんじゃないか」とかの不信感もあるのではないかという気がします。確かに、根本的には、相談者自身が自ら問題を解決していただくことが筋でしょうが、そこをボランティアがお手伝いするということだと思います。それがまた、ボランティア自身のためになるということでもあるでしょう。そういう信頼関係をつくることが鍵であり、また、難しいのだと思います。ただ、「所詮偽善だ、利用しているだけだ」とかの非難もありそうですが、こういう催しは、なかなか簡単にはいかないところがあることは、ご理解いただきたい気はします。
by (2011-12-21 10:20) 

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